キーパーソン・インタビュー
新たな治療法の開発に期待
血液・腫瘍内科学 教授
鈴木 律朗 先生
トレアキシン®について
質問1.まず鈴木先生のご専門について伺えますか。
リンパ系腫瘍、特に悪性リンパ腫、なかでもNK/T細胞リンパ腫を専門としています。
質問2.トレアキシン®が初発FL(濾胞性リンパ腫:follicular lymphoma)の患者さんにも使えるようになったことの意義をお話いただけますでしょうか。
トレアキシン®は悪性リンパ腫に大変効果の高い薬で、再発時には必ず選択肢に上がってくるような薬剤ですが、初発FLに使えるようになったことで選択の幅が広がり、われわれ治療をする医師としては大変治療を進めやすくなっています。もちろんすべてのFL患者さんで初発から使うわけではないですが、初発から使いたい患者さん、あるいはほかの薬剤では副作用が懸念される方の選択肢となったことは非常に大きなことだと思います。
また、トレアキシン®の特徴として、前治療から期間が空いていれば再治療を行なった場合にもある程度効果が期待できますので、初発にも使えるようになったことは、非常に治療の幅を広げるものになっています。もちろん効果が高いこともそうですが、有害事象や副作用がほかの抗腫瘍性の抗がん剤と比べると軽いので、使いやすい薬剤であるといえます。
質問3.2021年からトレアキシン®はDLBCL(びまん性大細胞型B細胞リンパ腫)でも使えるようになりましたが、その意義をどうお感じですか。
DLBCLは、濾胞性リンパ腫などの低悪性度リンパ腫と比べると進行が速く、それだけ、より効果の高い薬剤でないと治療がしにくいという特徴があります。そのため、もちろんトレアキシン®単剤でも効果があるのですが、トレアキシン®がDLBCL治療に果たした最大の役割は、ほかの薬剤との併用することでより高い効果が期待できることだと思います。
質問4.シンバイオ製薬の取り組みについての率直なご意見・ご感想をいただけますでしょうか。
シンバイオ製薬は会社の規模としては日本の大手製薬会社と比べると大きな規模の会社ではないですが、トレアキシン®という将来的にも可能性のある薬剤を持っています。トレアキシン®は悪性リンパ腫に治療効果が期待できるということもあり、特にこの領域においては、大手の会社に引けを取らない情報提供活動を実施されていると思います。トレアキシン®のような薬剤は作れば売れるというものではなく、薬剤の使用法や副作用マネジメントなど、適正使用に関する情報提供が非常に重要です。シンバイオ製薬は適正使用に関する情報提供を積極的に行なうことにより悪性リンパ腫を治療する医師の信頼を得て、治療に用いられる機会が増えているのではないかと思います。
EBウイルスについて
質問5.EBウイルス(エプスタイン・バー ウイルス)とはどのようなウイルスでしょうか。
EBウイルスというのは、どこにでもいるごくありふれたウイルスです。日本人の成人であれば90%以上の方が感染しているウイルスです。初感染のときには発熱や喉が痛くなるなどの風邪様症状が現れます。感染後は、EBウイルスを排除する機構が働いてその活動は抑えられるのですが、その後も持続感染というかたちで体の中に長期間存在し続けます。通常であれば、EBウイルスに初感染したあと体内に残っていたとしても、それほど悪さをすることのないウイルスです。しかし、ごく一部の人に関しては腫瘍化ウイルスの一つとなり得るといわれています。
EBウイルスが関連したリンパ腫の発症率というのはそれほど高くはありません。例えばEBウイルスが関与するNK細胞リンパ腫は、リンパ腫全体の3%くらいしかない非常に稀な腫瘍です。実際に悪性リンパ腫、特にNK/T細胞リンパ腫を発症する人は、おそらく数十万人に一人と、とても低い発症割合なのですが、腫瘍化にはこのウイルスが関わっているという非常に特徴的なウイルスです。
質問6.では、ほとんどの方はEBウイルスに感染した場合でも特に治療の必要はないということでしょうか。
そうですね。多くの人に対して治療の必要はありません。ただし、EBウイルスに感染した際の症状はウイルスに対する免疫反応から起こる風邪様の症状なのですが、その症状が非常に強く出てしまう人もいます。その場合でも、治療の主体は安静、あるいは解熱剤や消炎鎮痛剤などの対症療法だけで問題がないことが多いです。そのため、感染そのものに対する治療は、ほとんどの場合は必要ありません。
質問7.EBウイルスとリンパ系腫瘍発症の関連性についてもう少し詳しく教えていただけますか。
EBウイルスが関与するリンパ系腫瘍は二つの種類があります。一つは、免疫不全関連リンパ増殖症といわれるものです。EBウイルスは通常体内に潜伏していても悪い影響を及ぼしません。しかし造血幹細胞移植後あるいは固形臓器の腎移植、肝移植などの移植後に免疫抑制剤を使用した際に、EBウイルスを抑えていた主にリンパ系の免疫が抑制されるために、EBウイルスが再び体内で増殖する再活性化現象といわれる現象が起きることがあります。EBウイルスの増殖に伴いリンパ球が増殖し、ウイルスに感染したリンパ球が増えていく状態がリンパ増殖性疾患といわれるものです。初期段階は必ずしも悪性とはいえないのですが、放っておくと腫瘍のようにEBウイルスが入ったリンパ球がどんどん増殖し、さらに増殖力の高いクローンが選択されて、それがさらに増えていくことによって単クローン性、つまり一つの細胞由来の細胞が増えてきます。この状態は腫瘍と同じようなものと言えます。つまり、リンパ増殖性疾患というのは初期には単にリンパ球が増える状態ですが、後期には通常に発症してくるような悪性リンパ腫、特にDLBCL と同じような状態になります。そうなると、抗がん剤の治療が必要となることもあり、治療が無効なら人間の命を奪うようなことがあります。これがリンパ増殖性疾患といわれるものです。
もう一種類のリンパ系腫瘍として、EBウイルス陽性のリンパ腫がいくつかあります。一つはNK/T細胞リンパ腫といわれるもので、これは90%以上、ほぼ100%リンパ腫細胞がEBウイルスに感染しているといういい方をしてもいいかもしれませんが、EBウイルスに感染したリンパ球が、リンパ増殖性疾患とは違い最初から腫瘍というかたちで出てきます。
このNK/T細胞リンパ腫以外にも、EBV陽性DLBCLと言われるタイプや、あるいは一部のT細胞リンパ腫ではEBウイルスが陽性をしめすものもあります。このようなタイプのリンパ腫でも、EBウイルスの増殖力はリンパ球が腫瘍になる原因の一つなのではないかと推測されています。現在、EBウイルスの有無で治療方針に違いは生じないのですが、もしEBウイルスを抑えることができる薬剤が出てくれば、これらに関連する治療が将来的には変わる可能性があります。
NK/T細胞リンパ腫について
質問8.NK/T細胞リンパ腫とはどのような疾患であるかを改めて教えていただけますか。
リンパ球には大きく分けるとB細胞、T細胞、NK細胞の3種類があります。このなかでT細胞とNK細胞というのは非常に近い関係にあります。
NK/T細胞リンパ腫というのは、主にNK細胞が増えてくる疾患です。理由は不明ですが多くの場合EBウイルスが関与しているということがわかっています。そしてもう一つの特徴は、人間の体のなかでも鼻の周辺に非常に多く出てくるということです。ですから、鼻周辺由来のリンパ腫ではNK細胞リンパ腫の発現頻度が高く、それ以外の臓器では皮膚や、あるいは消化管といったリンパ節以外の部位から出てくるリンパ腫においてNK細胞リンパ腫は多いです。節外臓器に対する親和性があるのではないかと推測されていますが、現時点で理由は判明していません。
このNK細胞リンパ腫というのはリンパ腫全体の3%程度とそれほど多くはない病型なので、日本人では年間で約300例から500例くらいの発症と推測されています。NK/T細胞リンパ腫がほかのタイプのリンパ腫と大きく違う点は、正常なNK細胞はもともとリンパ球の解毒作用の一環として異物を外に排出し、抗がん剤も同様に細胞外に排出するP糖タンパクというポンプを持っています。一方、腫瘍化したNK細胞リンパ腫も一部の抗がん剤は細胞外に排出されてしまい、抗がん剤が効きにくいという特徴を持っています。ですから、NK細胞リンパ腫がほかの細胞のリンパ腫も同じ治療をしていた時代では、一部の抗がん剤が効きにくく、リンパ腫がなかなか治りにくい、予後不良のリンパ腫といわれていました。
さらに、理由は不明ですが欧米白人は日本人以上にNK/T細胞リンパ腫を発症する割合が少ないということがわかっています。そのため欧米からは、基礎研究から臨床研究すべてにわたってNK細胞リンパ腫に関する新しいデータが出てくることはほとんどない状況です。その結果、日本国内はもちろん、近隣の韓国、中国などの国々と共同して研究していく必要があり、われわれはこれまで日本や中国の血液内科の先生方と一緒にこのリンパ腫の特徴の解析・治療反応性の確認を行なってきました。欧米からの情報がほとんどないため、われわれアジア人でなんとかしなければいけないのが現状です。
質問9.非常に発症頻度が少ないNK/T細胞リンパ腫ですが、血液内科に患者さんが診察に来る経緯として、どのようなパターンが多いのでしょうか。
初発の臓器によってパターンは変わってきます。先ほど鼻から発症してくるものが一番多いと話しましたが、鼻から発症するタイプでは鼻水や鼻血が出るとか鼻づまりといった初発症状があるものの改善せず、耳鼻科を受診して、耳鼻科の先生を介して血液内科に紹介されてくることが多いです。
次に多い臓器は皮膚です。皮膚に色が変わった発疹のようなものができて、なかなか治らないということで皮膚科から紹介されてくるような場合があります。
また、全身にこのリンパ腫が出てくる場合は、発熱あるいは血がなかなか止まらない出血傾向などの症状がみられる場合があります。NK/T細胞リンパ腫は頻度が低いので直接大学病院で見つかるということはあまり多くなく、近隣のクリニックの医師を介して紹介されてくることが多いです。ですから先ほどリンパ節以外のいろいろな臓器から発症するという話をしましたが、このように発症してくる臓器によって症状は変わってきます。
質問10.NK/T細胞リンパ腫の現在の主な治療について教えてください。
現在、NK/T細胞リンパ腫の治療は、リンパ腫の拡がりが限られている(限局期)のか、それとも全身性(進行期)なのかということで大きく変わってきます。初発臓器として最も多いのが鼻だといいましたが、鼻の周辺、あるいは限られた領域であれば、放射線治療がよく効きますのでこれを行います。しかし、放射線治療単独ではある程度再発するということがわかってきましたので、放射線と抗がん剤の同時並行療法を実施することが多いです。この治療法は日本で開発されたものです。
一方、進行期のリンパ腫の場合は全身に放射線治療するわけにはいかないので、抗がん剤の治療が選択されます。このときに先ほどお話しした抗がん剤を細胞の外に排出してしまうP糖タンパクの影響を受けないような薬剤の組み合わせによる「SMILE療法」を行うことが一般的です。この治療法は、ほかのタイプのリンパ腫に対するものとはまったく異なり、日本と韓国、中国が共同で開発した治療法です。
進行期の場合には、抗がん剤治療だけではなかなか治しきることが難しいため、抗がん剤治療を行なったあとに自家移植(自己の造血幹細胞を用いる)または同種移植(他人からの造血幹細胞を用いる)の移植を最初のSMILE療法に引き続いて行なったほうがよいことがわかってきています。
質問11.NK/T細胞リンパ腫の治療の課題について教えてください。
NK/T細胞リンパ腫は、以前は非常に治りにくいリンパ腫でしたが、ほかのリンパ腫と違った新しいタイプの治療法が開発され、治療成績はだいぶ改善してきました。しかし、それでもすべての人が治るわけではないのです。最初に限局期といって、リンパ腫の広がりが限定的で放射線治療ができる人でも100%治るのではなくて、およそ10%から15%くらいの人は再発してきますし、進行期の方は造血幹細胞移植を行なっても50%程度の人が再発するので、そうした方々を対象にした新しい治療法の開発が必要になっています。
シンバイオ製薬への期待
質問12.いま鈴木先生の興味があるトピックや領域を教えてください。
リンパ腫ではNK/T細胞リンパ腫に限った話ではないですが、他のリンパ腫でも分子標的薬といわれる薬剤が数多く出てきています。これは、従来型の抗がん剤とは異なったメカニズムで働いて、抗腫瘍効果をしめす薬剤です。このような新しい薬剤は有効性が高いだけでなく従来の薬剤と異なったメカニズムで効果を示すことが多いため、他の薬剤と併用することで足し算の効果だけではなく、相乗効果、つまり1+1が2ではなく3になるような予想外の効果を及ぼす場合があります。ですから、新しい薬剤を組み合わせた治療の可能性を今後考えていくことに非常に興味を持っています。
質問13.今後、シンバイオ製薬に期待されることは何でしょうか。
シンバイオ製薬に期待することは、大きく分けて二つあります。一つは、抗がん剤のトレアキシン®についてです。トレアキシン®は多くのタイプのリンパ腫に対して効果があるのですが、現在、日本で保険承認を取得しているのは濾胞性リンパ腫などの低悪性度リンパ腫及びマントル細胞リンパ腫、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫のみで、T細胞リンパ腫、NK細胞リンパ腫、ホジキンリンパ腫などに適応がありません。しかし効果があるという海外の報告もあるため、トレアキシン®単独でも治療できる可能性があると考えています。今後、ぜひ適応拡大を期待したいと思っています。さらに先ほどから話をしている分子標的薬とトレアキシン®と組み合わせることによって、さらに効果を高めた治療もいくつか報告されるようになってきています。このような治療も現在、日本では行えないため、新たな適応拡大を期待しています。もう一つ期待していることは、ブリンシドフォビルという抗ウイルス剤についてです。ブリンシドフォビルの開発製造販売権をシンバイオ製薬が日本でも取得したということですので、その開発に期待しています。この薬剤が直接効果を及ぼすと期待されている疾患は、アデノウイルスによる出血性膀胱炎という合併症です。これは主に造血幹細胞移植を行なった患者さんの一部でみられる、アデノウイルスが膀胱粘膜に感染して出血をするような膀胱炎です。現在、有効な抗ウイルス剤がないため、良くなるまで患者さんは対症療法だけで耐え忍ぶことになり、早い人では2週間、長引く人は2か月、3か月と続くようなことがあって、これは患者さんにとって非常に苦痛です。なかには、膀胱炎から波及して肺炎を起こし命に関わるケースもあり、このアデノウイルスを抑えると期待されているブリンシドフォビルが日本で使えるようになれば、これは非常に大きなことだと思います。もう一つ、このブリンシドフォビルの可能性ですが、試験管内の作用では、先ほどから名前が出ているEBウイルスの増殖を抑えることもわかってきています。EBウイルスの感染症自体に対して抗ウイルス剤を使う必要性はあまりありませんが、EBウイルスの関連した腫瘍、再発したNK/T細胞リンパ腫などは、なかなか治しがたいものが多いのです。これに既存の抗がん剤、あるいは分子標的薬などと組み合わせることによって、従来の抗がん剤などの有効性をより高めることができるかもしれません。ただ、この点に関しては本当に効果が出るかどうかは、患者さんに投与してみないとわからないので、臨床試験を経てということになります。このようなことがもし可能になれば、再発したNK/T細胞リンパ腫など、現在治療の手立てがないという人たちにとっては、非常に大きな福音となる可能性がありますので、この可能性を追求していただけるとうれしいです。